商品開発/新事業

団地から世界市場へ、新時代の日本酒造りに挑戦

2024.09.09

足立洋二氏が2023年に日本酒とクラフトサケの醸造所を開設したのは大阪府高槻市内の団地の一室だった。だが、足立氏がその先に見据える市場は遠くヨーロッパだ。日本が誇るSAKE文化を世界に伝えるだけでなく、これまで日本酒業界で当たり前とされてきたやり方を変えるチャレンジは、今始まったばかりだ。

― 団地の中に酒蔵とは驚きました。

当初は高槻市北部の集落で醸造する場所を探していたのですが、なかなか土地の人に受け入れてもらえず、範囲を広げて探していたところ、ネットでこの物件を見つけました。天井が高いのでスペースを有効に使うことができ、広さも手ごろで、何より家賃が安かった。物件を実際に見て即決しました。改装は自分たちで手がけ、スペースを壁で仕切って醸造所と、つくったお酒や甘酒が飲めるカフェに分けることにしました。蔵にはお酒を仕込むための500㎘のタンクが2本、お米を蒸し上げる電気蒸米機、そして、できたお酒を搾るための圧縮機を置いています。また、麹を作るための部屋を設け、できあがったお酒を保管するための冷蔵庫もしつらえています。

酒造りの修業は、それぞれの工程ごとに時間をかけて極めていくため、ひと通りの酒造りができるには10年ほど要するのですが、ここではすべての工程を1か月もあれば学ぶことができます。先日もアメリカから、うちの蔵で酒造りを学びたいとの連絡があり、受け入れたところです。


― 日本酒との出合いは?
 
高校卒業後、競泳選手としてのキャリアを積むためテキサス州オースティンにある大学に留学しました。21歳の時に、日本から父が訪ねてきて、一緒に現地の日本食レストランに行ったのですが、食事もお酒も非常にまずかったんです。特に日本酒は、日本から冷蔵されないまま持ち込まれていたので、変色や劣化がみられる状況でした。

父は、きちんとしたおいしい日本食、日本酒を味わってほしいと、その後、自ら現地に日本食レストランを立ち上げます。その時に父が日本から持ってきた日本酒を初めて飲み、そのおいしさに驚きました。父の店でアルバイトとして働いた後、日本酒バーでも働く機会がありました。日本酒についてもっと勉強したいと思うようになり、一度帰国し、酒蔵で酒造りを体験することにしました。受け入れてくれた青森県の八戸酒造で、一週間だけ酒造りを体験し戻るつもりだったのですが、このままうちで蔵人として酒造りに携わらないかと誘われ、働くことにしました。

― 酒造りを体験してみていかがでしたか。

お酒ができあがるまでに、こんなに手間がかけられているとは思いもしませんでした。一方で現場での作業が非常に重労働である割に、賃金は米国でバーテンダーをしていた時の5分の1ほどであることに愕然としました。その現状を知って、丁寧につくられてできる価値をしっかり伝えられる酒造りを、自分でしてみたいと思うようになりました。

その後、ヨーロッパに旅行したのですが、中国人が老酒を日本酒として売っているような状況を見かけました。現地の人に、自分が日本酒をつくっていたことを話すと、「おまえはあんなまずい酒をつくっているのか」とバカにされたことが悔しくて、「ヨーロッパで本物の日本酒をつくって売る」という夢ができました。

夢に期限を設け、2028年にヨーロッパで日本酒造りを始めると決め、そこから逆算して何をしていけばよいかを考えました。

― どういうプランを描いたのですか。
 
まずは自分で日本酒造りを行い、ヨーロッパでの酒造りに必要なノウハウを蓄え、事業を軌道に乗せてからスイスに酒蔵を立ち上げ、米作りも始めるというプランを立てました。日本で日本酒をつくるには清酒製造免許 が必要なのですが、国内の需要と供給のバランスを取る目的から新しく免許を取得することはできません。ただ、輸出用に限ってであれば「輸出用製造清酒免許」で日本酒を、また日本酒と同じ造りながらそこに副原料を加えた「クラフトサケ」については「その他醸造酒免許」を取得すれば製造できることを知りました。出身地の大阪で輸出用日本酒、「クラフトサケ」を造るための蔵探しを始め、見つけたのが今の場所です。

先立つお金がないので、クラウドファンディングを実施する一方、兼業できる酒蔵への就職を考え、丹波市の西山酒造場で働くことにしました。西山酒造場では、米作りを担当しています。将来のヨーロッパでの米作りも視野に入れ、同じ丹波市内で耕作放棄地を入手し、稲作も始めました。つくっているお米はいわゆる酒米ではなく、飯米のコシヒカリです。ヨーロッパでは酒米の種子を入手するのは難しく、現地のうるち米を使った酒造りをせざるを得ないであろうことを見据えてそのようにしています。

― 実際の酒造りはどのように進めていったのでしょうか。

当社が手掛ける酒のコンセプトは「ワイングラスに合うフレッシュなSAKE」です。最大の特徴は、白麹で造る高温糖化酛を用いて、米本来のふくよかさに加え、白ワインのような味わいを表現している点です。輸出用清酒は醗酵時間をできるだけ短くするための工夫をし、アルコール度数を12%に抑え、飲みやすくしています。一方、「クラフトサケ」は発酵中の醪(もろみ) にフルーツを添加して造ります。現在、キウイ、イチゴ、パイナップルの3種類の「クラフトサケ」を製造しています。高温糖化酛を使った醸造技術は八戸酒造時代に学びました。通常の日本酒と比べ醗酵時間が短いため効率的な生産ができるメリットもあります。また、米を10%しか磨いていない点も特徴です。これも、ヨーロッパには酒造りのための精米機がないので、通常食べる白米の精米歩合である90%の米でお酒を造ることにチャレンジしています。

「クラフトサケ」は、輸出用清酒ともに女性をターゲットにしており、「美しく酔う」と「お酒の魅力に酔う」を掛けて「MIYOI」ブランドで統一して販売しています。「クラフトサケ」については、割烹など高級な飲食店に置いていただいていますが、今後は百貨店のほか、少しリーズナブルにして居酒屋向けのラインナップもそろえていこうと考えています。「クラフトサケ」が、大阪の地酒として認知されることが目標です。輸出用清酒は現在、中国、台湾、タイ、フィリピンなど8カ国・地域に販路が広がっています。


― スイスでの酒造りに向けた準備は。

そもそもスイスに決めたのは、アメリカなどの海外市場と比べて、ヨーロッパにはまだまだ日本酒市場が伸びる余地が大きいことに加え、アルプスを源泉とする湧水や地下水が豊富で、酒造りに適した軟水が得られる地域であること。そして、イタリアなどのお米の産地に近いことです。今年から3年がかりで拠点を定め、残りの時間で設備などを整え開業を果たす計画です。せかせか働くのがとても苦手で、好きな時にお酒をつくって、気持ちに余裕を持ちながら仕事をするのが目標です。そのためには今がむしゃらに頑張らないと、と思っています。

(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)

足立農醸

代表

足立 洋二氏

https://adachi-noujo.com

事業内容/日本酒及びクラフトサケの製造