親のつもりで真剣勝負で「一人前の職人に育てる」
沖宮工業の朝は早い。7時40分から始まる会議ではすべての参加者が必ず発言するのがルールになっている。「決まったことに対してその場で何も言わず、あとでコソコソ文句を言うのはひきょう」と沖田氏。8時からのラジオ体操、そして朝礼が終わると、社員それぞれと握手をし、肩をたたいて現場に送り込む。そのまま工場を歩いて回り、「何か気になっていることはないか」と工作機械に向かう一人ひとりに声をかけて回る。
社員20人ほどの鉄工所が3年前からそれまでの中途採用を打ち切り、新卒採用を始めた。「社会人になったばかりの人材を熱いうちに打つ」ためだ。面接で見極めるのは、正直かどうか、約束を守れるかどうかの2点。入社後1年間は溶接から組立までをひと通り経験させる。3回同じことを言っても同じ過ちを繰り返せば手も出る。
「少々のこぶはできるかもしれません」と採用前に、親を交えあらかじめ伝えている。入社後に親もとから通うことを禁じるのは、「甘えが出るから」だ。「生みの親に対して僕は育ての親。だから見栄もへったくれもない。きれいごとも一切なし」。むき出しの真剣勝負。
きつくてもついていけるのは「必ず1人前に育ててやるという社長の強い愛情を感じるから」とある社員はいう。入社して1年が経つと、受注した仕事を任せ、図面を見て溶接し、組み立て、納期までに完成させる経験を一人きりでさせる。「失敗してもいい、責任はわしが取る」。
24歳で独立して鉄工所一筋、その間数々の辛酸をなめてきた。「俺たち底辺の仕事は粗末にされてきた。でも見くびったらいかん。俺たちがおらんとなんもできあがらへんのやから」。原動力になっているのはものづくりを下支えしているという自負。「だからこそ、ここで働くことを誇りに思うことができ、どこよりもええ給料を払える会社にする」。
今年の採用面接。当初3人やってきた学生のうち2人は面接をすっぽかした。残った1人に沖田氏は尋ねた。「お前もほんまは来たくなかったやろ」。「はい」。「じゃあなんできたんや」。「約束していたからです」。その学生は今、ここ3年間で採用した5人の新卒社員の一人としていきいき働いている。
(文・写真/山口裕史)