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【「八木研」長編】「都市型仏壇」の先駆者 新たな祀り方を提唱

現代の住居、インテリアと調和するデザイン、機能を取り入れた「都市型仏壇」と呼ばれるジャンルを30年前に切り拓いたのが八木研だ。旧来型仏壇の“常識”に挑み、仏壇の世界に新たな潮流を生み出してきたフロンティアスピリッツを支える原動力について、八木龍一社長に思いを尋ねた。

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〉〉〉八木研という名前の由来は。

もともと研磨剤を開発していた名残です。昔は研磨剤といえば液体状のものしかなく、溶質と溶媒が分離していたため、缶を振って混ぜ合わせてから使っていました。父(現会長)が乳化してペースト状にする技術を開発し、チューブに入れて販売できるようにしました。使われたのは主に金属磨き用です。パチンコ玉や鍋やキッチンのステンレス用品などにも使われ、一時はシンクメーカー向けが売上げの半分ほどを占めていたころもあります。

ところが取引先のシンクメーカーが倒産して大きな影響を受け、研磨剤以外の仕事にもひろがるきっかけになりました。

〉〉〉どのように開拓していったのでしょうか。

研磨剤のユーザーの一つが仏壇業界でした。というのも仏壇、仏具は、リンをはじめ真鍮でできているものが多かったからです。当社は問屋さんを通して真鍮磨きを納品していたので直接取引があるわけではなかったのですが、直接ニーズを探ろうと仏壇店に出かけるようになりました。問屋からは、「直接回ったら困るやないか」と叱られたこともありましたが、「商品開発の情報をもらうためで、商品化した後は問屋さんのルートでも流れるようにする」と言って納得してもらいました。

最初に商品化したのはリンを叩くリン棒です。当時お店では1本100円ほどで仕入れており、ずいぶん高いなと感じていました。大阪の木工所から仕入先の韓国の情報を入手すると、どうやら1本10円くらいで仕入れられることがわかりました。ドラム缶10本分くらいを仕入れたのですが、いざ日本で箱詰めしようとしたら、生の木を加工していたのでバナナのように曲がってしまっていました。「転がらないリン棒です」と言って売ろうとしましたがまったく売れませんでした(笑)。失敗の連続でしたね。

他にも研磨剤のユーザーだった自転車屋では、当時流行していた指が出る皮革手袋をもっと安く作れるのではと考え、韓国の皮革くずを使ってつくったところ、これは飛ぶように売れました。他にも、パチンコ店向けにパチンコ台に使うプラスチック製品を押し出し成型でつくるなど「できないとは言わない」を合言葉にファブレスであらゆるものを商品化していきました。

〉〉〉そこから仏壇へ。

仏壇店向けには他にもプラスチック製の手桶などヒット商品をどんどん生み出していました。そしてお寺の中にある納骨堂、いわゆる室内のお墓の部品を多く手がけるようになっていきました。中でも真鍮の金具をアルミの金具に変えることでコストが3分の1になったこともありました。

また、納骨堂の仏壇には寺の屋根をかたどったものをつけるのですが、当時安くするために金属性から木製に変わりつつありました。そこでうちはプラスチック製にすることでさらにコストを抑えました。納骨堂で練習を重ねながら、いつかは仏壇をやろうと狙っていました。そして、昭和59年に「自由仏壇」という新しい概念の仏壇を売り出したのです。

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〉〉〉新しい概念とは。

住宅の形態がかつてとは大きく変わってきているのにその変化に対応した仏壇がありませんでした。たとえば和室が少なくなり、畳の部屋からじゅうたんの部屋が増え、洋室に応接セットを置くのが流行していました。そこで、新しい生活様式に合った仏壇を開発することにしたのです。

ところが、仏壇店にリサーチして回ったら、ほぼ全員に「やめとけ」と言われました。「新しい仏壇をやろうとしたところはみなつぶれている」と。父は「物事は長期的に、根本的に、多面的に考えないといけない」というのが口癖でした。そういうスタンスから考えても仏壇も変わるべきだと確信しており、反対が多いほど、逆に自分がやらなければと強く思ったようです。

それまではお客さんに言われたもの、すなわち顕在ニーズを商品化していたわけですが、今までにない仏壇を作るわけですから潜在ニーズをかたちにしなければなりません。そこで開発したのが、そのままだと家具にしか見えませんが扉を開けると中には仏壇があるという仕掛けの家具調仏壇です。

キャッチフレーズは「扉を開ければ荘厳の世界」でした。当事の5千万円の経常利益分をまるまる投入して500本ほどつくりました。大阪のロイヤルホテルに園まりさんを呼んで、金色の衣装を着た女性による「仏壇踊り」を披露して大々的に発表しました。

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〉〉〉反響は。

でもその年に売れたのはたったの3本です。売らなければいけませんから、当事製造部門担当だった私は営業に回されました。そこで家具屋さんに意見を聞いてみると、チェストがよく売れているという話を聞きました。小さなたんすです。小さな仏壇を持っている人が仏壇を載せるためのチェストをよく買いに来ているという話でした。

そのアイデアを生かして色が白、黒、ナチュラルブラウンで、チェストの上に載せるコンパクトな仏壇を「アーバンメモリー」と名づけて翌年に売り出しました。上代も家具調仏壇の時の40万円から20万円に抑えました。これが大ヒットして1年で2億円近く売れました。

全国に知れるようになったのはよかったのですが、運賃がかかりました。運送屋さんのために製造しているのかと思うほど(笑)。あの手、この手でいろんな新しい仏壇を開発したのですが、なかなか思うようには売れませんでした。

その理由の一つが、宗派上の制約です。仏教でも宗派によっては、ご本尊はこうでなければならない、こういう仏壇や仏具でなければならないという決まりのようなものがあって、当社の商品が邪道扱いされることが多かったんです。お客さんにせっかく買っていただいたのに、お坊さんから「こんな仏壇では拝めない」と言われたこともありました

〉〉〉ブレークスルーが必要だった。

どうも袋小路に入り込んでしまったようで、コンセプトを練り直す必要があると感じました。仏壇に対する一般的な考え方は、仏壇はお寺のミニチュアであると。だから寺院を小さくしてその中に入れ込んでいて、ご本尊の仏像・仏画などを祀る宮殿(くうでん)やくびれた台の部分の須弥壇(しゅみだん)があるわけですが、でもそもそも仏壇がどのような歴史でできたのかを考えてみようとして出合ったのが民俗学者の柳田國男氏の著作です。

柳田氏は「日本人は、仏教が伝来する以前から魂棚(たまだな)で先祖を祀っていた」と書いていて、ご先祖を祀るステージを作れば良いのであって形にとらわれすぎることはないんだと理解しました。

そして新たに「現代仏壇」という名称で商品を一新しました。シンプルにすると余計にあらが見えてきます。木も最高級のウォールナットや楢などを使って国内の優れた木工業者に製作をお願いしました。また、デザイナーと相談をしてよりおしゃれに見せるために羽根のない棒状の蝶番を開発するなどして、それらの部品については特許を取りました。徹底的に品質にこだわったせいで、日本でもっともうるさい家具業者という評判も立ったほどです。

仏具もベネチアングラスや陶器、金属にもこだわり、位牌などについてもトータルにコーディネートできるようにしています。洋服を選ぶような感覚で選んでいただいており、お客様からは「仏壇選びがこんなに楽しいと思わなかった」と言われます。

〉〉〉売り方も変えなければいけなかったのでは。

仏壇店は狭いスペースの中でたくさんの仏壇を置くので、展示の仕方も倉庫で売っているような感じのところが多いのです。仏壇の上に仏壇を載せて売っていることも珍しくありません。うちの商品を卸している仏壇店の方々には、そのような販売の仕方について注意を促すのですが、なかなか聞いてもらえません。

上代を決めたのも当社が初めてでした。今でこそ当たり前ですが、かつては地域によって同じ仏壇が大きな価格差で売られている状態でした。接客の仕方についてもそうです。だいたいはまず宗派から聞いて、その宗派であればこのような決まりがあり、こういう仏具をそろえてという、いわばお仕着せのような売り方が多く見られました。

私たちのやり方は、まずカウンセリングから始めます。先祖、故人や本尊をどのようにお祀りしたいのか、室内のインテリアの状態はどうかなどの情報をお聞きして、お祀りする場所を一緒に創っていくのです。だた、そういうことを仏壇店に伝えても、「人の売り方に口出しするな」と怒られるばかりで。そこでやはり直営の店が必要だろうと考え、東京の成城を皮切りに全国に徐々に増やしていったのです。

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〉〉〉商品開発はどのように進めているのでしょうか。

多くは私がアイデアを出してきました。とにかく考え続けることです。普段から考え続けていないとアイデアは見つかりません。たとえば、今では売上げの10%ほどを占めている壁掛け式は、住宅のチラシをたくさん集めて、どこに仏壇をおくスペースがあるだろうかと考え、それをもとに建築屋さんと話をしているうちに思いつきました。省スペースでお祀りすることができ、親近感が沸きます。

ただ、世の中にないものを開発するのですぐに真似されてしまいます。ですので、取得できるものはすべて特許、意匠、実用新案、商標登録を出すようにしています。なかなか守り切れるものではありませんが。

そして、毎年新しいコンセプトを打ち出しています。ここ数年は、不規則な変化をつけた商品などをそろえた「ランダム」、仏壇の天面が光るようにした商品がヒットした「光」、デザインを着せ替えて変えられるようにした「チェンジ」などです。

今年は「モバイル」。移動する仏壇ということで動かせるようにしました。リビングや和室など人の集まるところに移動しやすいようにキャスターをつけました。お客様からの、仏壇の後ろを掃除したいけどという声にも応えられると考えています。移動しても仏具が倒れないように、須弥壇を後方に2度傾けています。片手で持って歩ける岡持ちタイプもそろえました。

〉〉〉常に創造をし続けています。

参入した当初、仏壇市場は3000億円程度でしたが、徐々に縮小しつつあります。旧来型の仏壇に対し、私たちが扱っている仏壇は「都市型仏壇」と呼ばれており、後者が全体に占める割合が半分ほどを占めるまでに育ちました。常に新しい仏壇や祀り方を提案してきたことで、仏壇市場そのもののすそ野は広げられたかなとは思っています

お坊さんも世代交代して、当社の考え方を支持していただける方も増えました。ただ、従来の価値観をお持ちの仏壇屋さんの共感を得られるところまではいっておらず、そこが課題だと考えています。

これからも常にチェンジリーダーでありたいと。これからも新しいものを常に創造していきたいですね。

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▼Bplatz press 3月号本紙に掲載された記事はコチラから
http://bplatz.sansokan.jp/archives/2052

2014年03月07日
株式会社八木研
取締役社長  
八木 龍一氏
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