ネットワークの拡大で、大廃業時代に備える

金属加工のメーカー商社。150社の協力企業とネットワークを結び、取引先から受注した仕事の内容に応じて最適な発注先を探し、製品化している。

ユニークなのは、取引先への受注目標とは別に、協力企業への発注目標を設けていることだ。目標数値に届きそうにないとわかれば、あえて新しい仕事を発注する。提示された見積価格は取引先への見積価格に極力反映させている。

「協力企業に気持ちよく仕事をしてもらい永続的な関係を築くことが、そのまま取引先への安心感につながる」と、社長の正夫氏は説明する。

正夫氏が事業を承継したのは1995年。それまで売上げの大半を占めていた大手メーカーは不況に直面すると価格一辺倒で下請けを締め上げてきた。90年代後半に赤字が2期続き、いったん黒字に浮上したものの再び赤字に転落した。

45歳の時「さすがにこのままではいけない」とセミナーに通い、本を読み漁り学び直した。学べば学ぶ程、日本の製造業を守っていかなければという使命感が湧いてきたという。

「大手企業の言いなりになっていてはいけない」と不屈の闘志に火が付き、当時売上げの3割を占めていた大手4社との取引を絶った。「もったいない」という周囲の声にも「退路を断たなければ変われない」と踏み切った。

リスクを分散できるよう1社あたりの売上げ比率は5%までにとどめ、それまで20社だった取引先は今150社ほどに増えた。

職場BBQや駅伝大会などのイベントが盛ん

2008年ごろ、正夫氏は腎不全を患う。通院や体調悪化で不在がちになり、思い切って権限を社員に任せていった。すると受け身だった社員が少しずつ自発的になった。ちょうど長男の正人氏が入社したタイミングとも重なり、ボトムアップ型の組織へと転換を図っていく。

会議には社員だけでなくパート従業員も参加してもらい、現場の声を吸い上げるしくみをつくり、今では女性のパート従業員の方が活発に意見を言うまでに。さらに数字は全てオープンにし、売上げもパート従業員、社員を問わず還元することでモチベーションを高めた。

「帰るぞ~」。毎日終業時刻になると入口扉のカギを持った正人氏のかけ声が社内に響く。「定時までにその日の仕事はきっちり終わらせ、プライベートとのメリハリを大事にしている」。プライベートの時間で学び、人として成長することで業務に活かされる。駅伝チームをはじめ社内の活動も盛んだ。

正人氏の合図で一斉に退社(左)、会議にはパート、社員問わず活発に意見が出るようになった(右)

今期の売上げは前年から2割増の12億円を見込むが決して楽観視している訳ではない。だが、正夫氏は近い将来やってくるであろう谷の時期を次のステップに向けたチャンスととらえている。

「町工場はこれから大廃業時代を迎えるからこそ製造業を守るという使命感を持っている当社の役割はますます強く求められるようになる。余力ができた時に、協力企業を西日本全域に開拓していきたい」。

そのために現在9人の営業担当が首都圏を中心に新規開拓を強化中。大きな商機を見据え虎視眈々と準備を進めている。

代表取締役 山本 正夫氏(右)、常務取締役 山本 正人氏(左)

(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)

2018年08月08日
山本精工株式会社
代表取締役 山本 正夫氏
常務取締役 山本 正人氏
事業内容/各種金属機械部品の製造・販売

今月の町工場で働くオトコマエ

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