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7代目の窮地を救った創業者の独自製法

ゴムの時代が到来すると予見
採血する際にゴムチューブを腕に巻くと血管が浮き出してくる。伸縮性と弾性に優れたゴムが腕に吸い付くように巻きつき、血流を止めずに圧迫するからだ。宗田ゴムは採血用に使用されるゴムチューブを始め、医療用から理化学・工業用まで幅広い分野で使われる高純度天然生ゴム製のチューブを創業以来100年以上にわたり製造してきた。
家業の薬品会社で働いていた創業者の宗田新次郎氏は、ヨーロッパから薬品を輸入する中で「これからの時代はゴムが有望」と予見して独立を決意する。天然ゴムの製造方法を独学で学び、1896(明治29)年に本家薬品業から独立し、宗田新商店を創業。天然生ゴム製造を主軸に事業を始める。

「天然ゴムは合成ゴムと比べて製造が難しく、気温や湿度などの環境変化に応じて材料の配合や製法を変える必要があります」と語るのは七代目社長の宗田朋彦氏。採算ラインの目安となる歩留率85~90%を達成するのは現在でも技術的に困難で、国内に約20社あった天然ゴムメーカーの多くは廃業し、現在は同社も含めて3社のみとなった。「当社が100年以上生き残れた理由は、創業者が苦労して確立した配合と製法のノウハウがあるからこそ」と感謝する。

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祖父がつくった会社を何としても存続させたい
高度経済成長の勢いに乗り、同社製品は産業界などで幅広く使われて問屋に卸せば売れに売れた。ところが時代と共にビニールやシリコンなどの素材が普及し、ゴムチューブの需要が減衰。「昭和の終わり頃から坂道を転げ落ちるように売上げが低下していきました」。

朋彦氏の父は4代目として同社を率いたが、本業は医師で経営は片手間で行っていた。その後も会社を存続させるため経営者が交代したが、ついに6代目の時代に廃業も考えるほど業績が落ち込む。「ならば」と関東の商社でサラリーマンをしていた現社長が工場の機械設備を引き継ぎ、再起を図ることになった。「祖父がこの会社をつくり、父をはじめ一家を支えてくれたからこそ、私がこの世に生まれたと思っています。だからこの会社を何としても残したかったんです」。

 

秘伝ノウハウを承継し、タイ工場を軌道に乗せる
日本で製造を続けては採算が合わないと判断した同氏は、商社時代にアジアと取引をしていた経験を活かしてタイに進出。しかし日本とは気候風土が異なる環境での製造は困難を極め、歩留率が50%にも満たない状況が続く。「明日諦めるか」というギリギリの状況を救ったのは、配合と製法が記された古い資料だった。資料を見ながら「夏練り仕様」で製造を試みたところ、見事成功。「当社の製法は明治時代から変わっていません。創業者は世界中どこでもつくれる天然ゴムの製造ノウハウを後世に残してくれたのです」。

現在、新たな分野にチャレンジしている。その一つが水中銃や銛(もり)に使うゴム。しなやかに伸び、戻る力が強い製品特長がマリンスポーツ界に認められたのだ。そのほか、健康関連分野での用途展開も見据えている。
「日本で販売できるゴムチューブの数量には限りがある。だからこそ新たな分野に進出したい」。100年以上にわたり受け継いできた製造ノウハウを武器に新たな挑戦が始まった。

201404_munetagom_03▲創業者の宗田新次郎氏(前列左から3番目)。

201404_munetagom_02▲タイ工場では、手作業工程など創業以来の製法が受け継がれている。

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▲水中銃用ゴムの理想の粘りと伸びを実現する同社製品。

2014年04月09日
宗田ゴム株式会社
代表取締役  
宗田 朋彦氏

高純度天然生ゴム製のチューブを製造する。同社製品は医療分野から理化学・工業用を始め、酒樽を密閉する用途としても使われている。天然ゴムでは実現が難しいとされたカラーチューブも全9色で展開。

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