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【「ベストバイ」長編】ピンチをバネに成長続けるリサイクルショップ

総合リサイクルショップ「良品買館」、ブランド品・ジュエリー買取専門店「キングラム」を全国に110店舗以上展開するベストバイ。幾度かのピンチに見舞われたが、社長の福嶋進氏は「考えながら進む」をモットーに、逆境に直面したときこそ前に突き進んできた。現在は3年後に目標を掲げる上場、そして海外展開に闘志を燃やす。

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〉〉〉1年も経たないうちに大学を辞めたそうですね。

生まれ育ったのは瀬戸内海の島にあるミカン農家です。田舎ものだったから、都会の生活を夢見ていて、大学は東京に出ました。東京の大学生はみな、「よしやるぞ」と燃えるような気持ちで勉学に励んでいるんだろうなと勝手に思い込んでいたんです。

ところが、みんなだらけていた。こんなところに4年間もいたら自分はだめになるな、と。それですぐに辞めて、「地球の歩き方」1冊持ってアメリカに渡りました。親が無理して僕を東京に行かせてくれたのは知っていましたから、学生を続けるほうがお金の無駄遣いだと思いまして。19歳の頃ですから、こわいものなしです。失うものは何もありませんでしたからね。

アメリカでアルバイトをし、大学に通い、日本に戻ってきたのは26歳のときです。経歴と英語力を生かして商社に就職しようと思ったのですが、全部けられました。小生意気だったんでしょうね。そんな時に、たまたま仲良くなった露天商のおじさんに「手伝わせてよ」と頼み込んで、ベニヤ板の上にタオルや靴下を並べて露天商を始めました。そこで商売の面白さに気づきました。

2年弱やってから、いつまでも露店ではなくて、しっかり店を構えてやろうと。それで生野区に靴下を販売する「福嶋屋」の第1号店を開き、その後、15、6店まで増やしていきました。

〉〉〉リサイクルショップを始めることになったきっかけは。

結局18年ほど店の商売をしていたのですが、商売をする目的ってだんだん変わってくるんです。最初は、とにかく金儲けして、いい車に乗って、いいレストランに行ってと思っていましたが、店を増やしていくことそのもの、言わば事業欲というんですかね。これが強くなってきました。そうすると今度は、単に商売をするのではなく、自分の商売を通じて社会に役立ちたいという気持ちが芽生えてきたんですね。それで、飲食店やブランドショップ、サーフショップとかいろいろやってみるのですが、どうもしっくりこない。

そのころあるコンサルティング会社からリサイクルショップの開業セミナーの案内が書かれたファックスが入ってきたんです。リサイクルショップならごみを減らすことになるし、環境をよくすることにもつながりそうだと思いました。僕を育ててくれた明治生まれのおばあちゃんもいつも「もったいない」ということを言っていましたしね。

〉〉〉そこからリサイクルショップ業へと突き進んでいくわけですね。

若いコンサルタントに、ひたすら教えを乞いました。彼が夜の10時ごろに会社に戻ってくると聞けば、その時間に会社を訪ねて質問をし、いい物件が見つかると週末に呼び出して、見て歩きました。コンサル契約もせずに1年半くらい(笑)。

1号店として決めた店舗は、紳士服チェーン店が撤退したあとの店舗で、床面積だけで500坪、家賃は180万円でした。それまでは10坪で家賃も10万円という店しかやったことがありませんでしたから不安ではありました。東京で流行っている店などを調べ、やはり大型店で勝負しようと決めました。当時はリサイクルショップの移行期で、それまでの倉庫に品物を並べたような店から、きれいな大型店ができ始めていた頃でした。

まだ中学生だった子どもにも新しい商売を始めることを伝えました。「もし商売がうまくいかなかったら家は引っ越さないといけないし、今の学校も行けなくなるかもしれない。万が一のときは我慢してな。生活だけはなんとしてでも守るから」と。家内もしぶしぶ了解してくれました。もっともその後、店を増やすたびに家内からは「もうやめてくれ」と反対されましたが(笑)。

〉〉〉1号店はいかがでしたか。

2003年10月2日のことでした。2階の事務所から回転30分前の9時半くらいにカーテンを開けて外を見てみたら、100人くらいのお客様が並んでいました。車も何十台がずらっと駐車場に入りきれずにいました。チラシも入れず、口コミだけで集まってくださったのです。

これを見たときに「リサイクルショップって、こんなに世間の注目度が高いのか」と改めて思いました。初日はもうてんやわんやで、その日のうちに2号店を出すことを決めました。それからすぐに物件を探して2号店を大和高田に12月15日にオープンしました。

オープンした当初の業界環境を振り返ると、まだリサイクル業界自体が旧態依然としていたんですね。それほど競争もなく、仕入れ方、売り方、陳列方法など改善の余地が大幅にあったんです。まだほこりをかぶったような品物を置いている店もありましたしね。そこへ来て「良品買館」は、新品のように中古品を並べたことが支持されたのです。いわゆるリサイクルショップ第2世代の走りですね。

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〉〉〉ブランド品・ジュエリー買取専門店「キングラム」を別業態として始めた経緯は。

200坪ほどの店のほんの一角の10坪ほどのスペースでブランド品、ジュエリー、時計の買取を専門でやっていたコーナーをしていました。数字を分析してみると、全店の5%ほどのスペースで、店の収益の3分の1を稼いでいました。これを専門店にしたら当たると思ったのがきっかけです。「この手の店は天神橋・千林・十三などの地域で売れそうだな」と考え、適した物件を探していました。

そんな時、たまたま十三で呉服屋さんが店じまいセールをしているのを見つけました。ご主人に「やめられるんですか」と聞くと、「着物の商売はもうあかんし、年齢も年齢やからやめようと思ってんねん」との返事でした。「これからどうするんですか」と聞いたら、「上に息子夫婦が住むことになっているので、もしかしたら1階でなんか商売するかもしれへん」と言うので、すぐに息子さんのところを訪ねました。聞くと「今のサラリーマンのほうが気が楽だから、商売はするつもりはない」とのこと。その後、店に何度も顔を出すうちに「おにいちゃんならええわ」と貸してくれることになりました。

「キングラム」という名前で2006年の10月1日にオープンしました。すると初日に想定した10倍の売上げを記録しました。リサイクルショップの一角でやるのと、専門店でやるのとでこうも違うのか、と。広い店の中にたまたまあるのと、専門店とではおのず集まってくるお客様の層が違うんですね。

これなら一気に攻めようということで、11月に天神橋、12月に千林、1月に九条、2月に鶴橋と一気にたたみかけました。お金を融資してくれていた銀行も「さすがにペースが速すぎる、そのあたりでやめとけ」と腰が引けはじめました。その後半年ほどはいったん様子を見て、それぞれの店が好調なことを知って、あらためて融資を再開してもらいました。

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〉〉〉攻めるときは一気にいく。

時代背景も良かったのでしょうね。今同じようにやっていたら失敗していたと思います。僕は自分を俯瞰的に見るところがあって、「今なら走れる」というときは行きますし、「このまま行ったらつまずくな」と思えば止めます。

でもあるとき、自分のブレーキ役となってくれる人物が必要だと思うようになり、商社に勤務経験があって中国の数十社の会社でトップを務めていた方をヘッドハンティングしました。
彼は出店に関しても、新事業についても、いつもストレートに遠慮せず物を言ってくれるのでとても助かっています。夢ばかりを追いかけるのではなく、同時に冷静な視点を持ってくれており、健全な経営が出来ています。

〉〉〉順調に店を増やしていった。

いやいや。大きなピンチが二つありました。

一つは創業3年目の出来事です。茨木、大和高田と非常に順調にきて、3店目の東大阪店もそこそこ好調でした。それまでは既存店舗を再利用する形で出店していましたが、4店目で初めて奈良県に新築の新店を出すことにしたのです。面積も倍ほどで、投資額も1億数千万かかりました。茨木と大和高田で稼いだ利益を4号店に突っ込んだのです。

ところが稼ぎ頭の二つのうちの一つ、大和高田店が放火で全焼してしまったのです。売上ゼロになって、運転資金も回らなくなりました。「これはもう先はない…」と考え、頭の中では会社を整理することしか考えが及びませんでした。

そのとき、社員の1人が「社長、こんなことで負けんときましょう!何があっても頑張るから!」と言ってきてくれたんです。もう自分のことで頭がいっぱいで、社員たちのことはまったく考えていなかったことにハッと気づかされました。

「社員がやる気になってくれているのに、自分だけ弱気になれるか!」と。銀行と交渉を続けるうちに協力してくれる目処もたちました。そんな状態でしたので、負債がある程度落ち着くまでは、これまでのような出店攻勢をかけるのではなく、一旦は守りに入りながら店を少しずつ増やしていこうと考えました。しかし、考えていくうちに、守りの姿勢では落ちていくばかりかもしれない、と思い始め、そこから一気に攻めに転じました。

火事が起きたのが1月です。その後、4月から11月までの間に新たに6店舗を出店しました。今振り返ってもこれは見事でしたね。すべての社員がひとことも文句も言わずに朝から晩まで仕事をしてくれました。ピンチの時に結束できた──それが今の当社のベースを作ったように思います。

〉〉〉もう一つのピンチは。

それから間もない創業4年目の頃だったと思います。創業時から僕と一緒に苦楽をともにした立ち上げメンバーのうち、ナンバー2、3、4の3人がこぞって会社を辞め、競合するリサイクルショップ業を始めたのです。

その3人には現場の店の運営をすべて任せ、権限も委ねていました。僕自身の人間的な問題もあったのでしょう。えらいこっちゃと思うとともに自己嫌悪に陥りました。ところが、各店で彼らの下にいたスタッフたちが、重石が取れたようにいきいきと意見を出し、働いてくれて、こんなに優秀な社員がいたのかと思えるくらいみな頭角を表してくれたんですね。

このことをきっかけに成長カーブがさらにぐっと上がりました。今の会社を引っ張っているのは、そのとき頑張ってくれた社員たちです。

創業来、売上げは1億7千万、3億5千万、7億、15億、23億と倍々ゲームで成長しました。リーマンショック後は24億、25億と少し落ち着き、現在は36億円の売上げです。
絵に描いたイメージにほぼ近い形で成長できています。

〉〉〉先ほどのピンチの経験が人材教育にもつながっている。

社員がまだ10数人の頃に、徐々に増えてきた社員としっかり意思疎通をしようと考え、始めたのが交換日記です。社員数が100人を超えた今も続けています。社員は毎週金曜日に手書きの日記を出して、私は週末にじっくり時間をかけて目を通し、必ずコメントを書きます。何でもないことを書きながらも、文章には本音が出てくるものです。

ただ、ポイントを要領よく書く社員もいれば、1回読んでも伝わらないようなオブラートに包んだ文章を書く社員も多く、読むのにエネルギーを使います。こういうことを言いたいのだなと思ってコメントを返しても「社長はわかっていない」となる。しっかりポイントをつかまないと心の交流にならないんですね。だから大変です。

毎週10時間から15時間をかけて交換日記を読み、返事を書く作業にあてています。大変ですが、妻は「交換日記を読み、返事を書いているときは、いい顔をしている」と言ってくれます。

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「知命塾」という泊まり込みの社員研修も定期的に開いています。社員教育をする中で、講義形式でも伝わらないところがあるのを感じて始めました。1泊2日の知名塾の夜は、車座になってみんなで酒を飲みながら話をします。仕事の話はほとんどしません。自分自身の経験と、経営者の先達から学んだことなどを話しています。新入社員は入社後10カ月毎月参加してもらい、ベテラン社員も年に2回は参加します。ですから私は月2回くらいのペースです。新入社員にとっては完全に親父みたいなもんでしょうね。

〉〉〉これからの目標は。

3年後の上場を目標に掲げています。上場をめざすことになった一番大きな理由は、社員が誇りを持てる会社にしたいということです。創業して間もない頃、1人の社員が「俺は不用品屋で働いている」というような言い方をしているのを聞いて、ああこれではいけないなと。この会社でもっと胸を張って働いてもらいたいと考えました。

現在の店舗数は「良品買館」「キングラム」等を合わせて110店ほどです。1年前からは関東圏にも本格的に出店していますが、当面は300店を目標に掲げています。そして、このリサイクルショップの事業モデルは、海外に持っていっても通用するビジネスモデルだと思っているので、海外出店にも力を入れていきます。シンガポールと香港には「キングラム」型の店を、タイやベトナム総合リサイクルショップの「良品買館」を出店していこうと考えています。

事業とは別に5年ほど前からフィリピンでボランティアも始めました。日本のお店でお客様に売っていただいた商品は、当社の品質基準に照らすと必ずしもすべてが売物になるわけではありません。そこで出て来る不用品はすべてゴミとして捨てていました。使おうと思えば使えるのですが、汚れがひどかったり、デザインが古すぎるといった商品です。

それを使って、何かの役に立てないかなと考えたときに、フィリピンでストリートチルドレンをサポートしているNGOの代表とたまたま出会いました。何か役立てることがないかと聞くと「不用品をぜひ送ってほしい」ということでした。最初は宅配便で送っていたらすごく喜んでくれて、そのうち定期的にコンテナ単位で送るようになっていきました。

マニラ郊外に倉庫を借りて、ストリートチルドレンの中で働く意欲のある子どもたちに、商品として売れるようにキレイに磨いてもらい、それらをお店で売ってもらって、得た収益のうち給料、倉庫代、店舗代を差し引いた額をNGOの活動資金としてもらっています。フィリピンでやっていることはあくまでも社会貢献ですが、タイ、ベトナムではフィリピンで培ったノウハウをもとにビジネスとして事業化しようと考えています。

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▼Bplatz press 3月号本紙に掲載された記事はコチラから
http://bplatz.sansokan.jp/archives/2047

2014年03月07日
株式会社ベストバイ
代表取締役  
福嶋 進氏
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