株式会社ファインが挑戦するVRで広がる住まいの可能性
VRゴーグルをつけた途端、広いリビングルームに足を踏み入れたかのような臨場感に包まれる。キッチンに立てば、キッチン台の高さが自分に合っているかを確かめることができ、リビングを吹き抜けにし、壁をガラス戸に変える、といったオプションを体感できるのもVRならでは。「夜の風景も楽しめますよ」と言われた途端、窓外に花火が打ち上がり、ドーンという音の演出も加わる。株式会社ファインが開発した「ハウジングVR」は、住宅展示場のモデルハウスに代わる新たな販促ツールとして、大手住宅メーカーで採用が進んでいる。
古川氏はもともと、設計事務所やゼネコンを顧客に、建物のパース(完成予想図)を手描きで作成する仕事をしていた。「根気のいる細かい作業ゆえ事務所に寝泊まりするのは日常茶飯事だった」と古川氏は振り返る。1990年代半ばにパソコンが普及し、写真加工ソフトが現れるといち早く飛びついた。パソコン上で描けば、描き直しするまでもなく、簡単に修正が加えられ、格段に仕事が楽になった。街ゆく人や木々の緑を撮影し、そのデータを写真加工ソフトに取り込んで、パースの背景の素材として活用した。
建築業界でCGが普及し始めると、古川氏がため込んだ“添景”と呼ばれる素材を使わせてほしいとの依頼が相次ぎ、素材集を「添景工房」として商品化。ダウンロードサイトを開設し、定額制サービスのビジネスモデルに切り替えたのは2002年のことだというから驚く。その後もCADソフトで作成した設計データをもとにパースを自動生成する「オートパース」を開発するなど、建築業界の販促をサポートする領域で先頭を走り続けている。
「ハウジングVR」では目に見えないところでも高い評価を得ている。「体の動きと周りの風景の動きにずれがないため、酔いにくいんです」。手描きの時からこだわってきた描写力に加え、新たな技術をどん欲に取り入れ、プログラムまでを含めて内製化にこだわることで、他社の追随を許さない商品力を磨き上げた。住宅メーカーにとっては、モデルハウスを実際に建てる10分の1以下の費用でVRコンテンツが作成でき、コストの面でも大いに貢献している。
デザイン、クリエイティブ業界はともすれば残業が多くなりがちだが、同社ではほとんど残業がない。古川氏自身が手描きで仕事をしていた時代から、常に仕事の効率化を追い求めてきたことがそのまま商品にも反映されてきたからだ。近い将来到来するメタバースの時代への備えももちろん抜かりはない。
(取材・文/山口裕史)