就職氷河期の不遇を乗り越え、製造業DXで人生の第二章をスタート
「みんなで努力して、楽しい方に変わっていきたい。だからうちの社是は『Enjoy the Change!』なんです」。はじけるような笑顔で、しかし強い信念を感じさせる声で語るのは、主に中小製造業に対してDX支援を行う株式会社Elimu It Support(エリム アイティ サポート)代表の水谷氏。ポジティブな言葉とは裏腹に彼女が歩んできたキャリアは苦しいものだった。
大学を出たのは1990年代半ば。「中小の製造業を転々として、何とか生きてきた」と語るように、就職氷河期の荒波が直撃した世代だ。長く勤め続けられるような会社には出会えず、マネジメント経験も積めないまま年月だけが過ぎていく。焦りと虚無感が交錯するなか、水谷氏の頭にはうっすらと「起業」の文字が浮かぶようになった。「このまま会社勤めを続けていても生活は苦しいまま。いっそ独立した方がいいかも」。
そんな水谷氏にとって、もうひとつ悩みの種となっていたことがある。それは未だに「手書き」が中心のアナログな職場環境だ。膨大な紙の帳票と格闘しながらの業務にしびれを切らしてITツール導入を進言するも、仲の良い業者に勧められるがまま、ちぐはぐな製品を買ってしまう経営者。そんなシーンを何度も見てきた彼女は、中小製造業のDXが進まない理由を誰よりも理解している。
「いつまで昭和のやり方してんの!」という怒りを感じつつも、経営者を説得するだけの知識もない。そんな状況に耐えきれなくなった水谷氏は一念発起し、ITコンサル企業に転職。50歳を目前に控えた2022年末のことだ。そこで、運命の出会いが待っていた。水谷氏より1か月ほど遅れて、後に共同創業者となる岡氏が転職してきたのだ。岡氏はシステムエンジニアとしてのバックグラウンドを持ち、機器やソフトの販売から保守まで、幅広い経験を持つ。そして水谷氏とは同年代だ。
そんな岡氏は転職の2日後、同じ案件のチームにいた水谷氏から「一緒に創業しない?」という衝撃的な誘いを受ける。その時は明確な返事を避けた岡氏だが「一緒に仕事をしてみると話が通じやすく、チームワークも良かった」と水谷氏にシンパシーを感じたという。一方の水谷氏は「はっきりと断らなかったので『これはチャンスがある』と思っていました(笑)」と振り返った。
そこから約半年後、関わっていた案件の打ち切りなどの騒動もあり、水谷氏は再び岡氏を説得。今度は岡氏も首を縦に振る。そして、ここからの動きは速かった。会社設立のノウハウなど何も知らない2人は、大阪府よろず支援拠点を活用。「一番大切なのは売り物を用意すること。とにかくそこに注力し、あとは士業など専門家にお願いすればいい」。相談員のひと言でたちまち視界がクリアになり、起業に向けた動きは一気に加速した。
2024年2月、株式会社Elimu IT Supportが誕生し、就職氷河期の苦難を味わった二人の挑戦が始まった。DXを進められずに悩む中小製造業に対し、やみくもにITツール導入を勧めるのではなく、まずは「日々の業務」に目を向ける大切さを説いている。「例えば現場にタブレットを導入したとしても、手が油でドロドロだったら使えません。各社ごとにDXを阻む壁は異なるので、まずは業務の棚卸しをするところから支援しています」。
丁寧で親身な仕事が評価され、既にリピートにつながった顧客もいる。今後はAIも活用し、課題に対して自動的に改善計画をアウトプットするサービスの提供もめざしているという。ただ、同社にとってDXはゴールではなく、あくまで手段。根底にあるのは「人を育てたい」という思いだ。「DXを通じて人もチームも育って、みんなが前向きにキャリアを積める世の中にしたいんです。そうしたら仕事で病んで鬱になる人も減るでしょう」。
つらい日々を過ごしてきたからこそ「キャリアで苦しむ人を減らしたい」という思いは人一倍強い。そんな水谷氏に、起業に向けて二の足を踏んでいる人へのアドバイスを聞いてみた。「とにかく一人で悩まないこと。わからないことは『わかりません』とアホになって聞きに行けばいい。すみません、カッコいいアドバイスはできません(笑)」。

左からメンバーの澤田 朝子氏、代表取締役社長 水谷 佳子氏、取締役副社長 岡 政哉氏、白神 吾一氏
(取材・文/福希楽喜)