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(表紙から続く)「お菓子はできた時が一番おいしい。保存料を使わない『ちゃんと腐るお菓子』を作ろう」。工場長と思いが一致した井上氏は、それまで焼き菓子中心だった品ぞろえを、和菓子の原点である生菓子中心に変えていくことになる。3年前、本店が分かりにくい場所にあることから移転することも考えたが、「工場で作った商品をすぐにお店で出せるように」とあえて今までの立地にこだわった。改装に合わせ、さまざまな新商品を送り出した。餅の中にたれを包み込んだ「みたらしとろとろ」、どら焼きの中に生クリームを入れた「生どら焼き」は今、2大看板商品に育っている。新たな和菓子づくりに挑む姿勢が新たな顧客開拓につながり、多くの百貨店から出店要請が絶えない。10年5月には、青森のショッ会社DATA創業/1858年従業員数/30名事業内容/みたらし団子やどら焼きなどの和生菓子を中心に、一部かりんとうなどの焼き菓子も手がける。大阪市浪速区の本店のほか大阪、青森に計4店舗展開している。浪芳庵株式会社代表取締役社長井上文孝氏http://www.namiyoshian.jp/大阪産業創造館本紙「Bplatzpress」編集長山野千枝私が「ファミリービジネスの事業承継」をライフワークとして追いかけるキッカケになった社長さんがいらっしゃいます。生野区で製造業を営む二代目社長Aさん。今から7年ほど前、大阪産業創造館で実施した経営者対象の事業再建勉強会を担当していた時のこと。初回の自己紹介の際、Aさんはこの勉強会に参加した理由を、全身から絞り出すような震える声で、こうお話しされました。「長引く不景気で当社もずっとジリ貧の状態が続いています。僕は親父の会社を継いだ二代目で、僕にも今大学生の息子がいます。でもこのままだと、とてもやないけど息子に継いでくれとは言えない。だから、将来、息子の口から『親父の会社を継がせてくれ』と言ってもらえるように、あと二年の間に死に物狂いで会社を再建しておきたいんです」。それはもう、その場にいた全員が息を飲むような時間でした。今でもその時の空気をビビッドに思い出せます。私自身の実家も家業を営んでいるので、父や祖父や弟の姿がAさんに重なったのかもしれません。それ以来、経営者が後継者にバトンを渡す事業承継に強い関心を抱くようになりました。全中小企業の95%がファミリービジネスという日本では、事業承継は家族の問題。日本の後継者不在問題が語られるときに相続や税制面の対策なんかがよく挙げられますが、戦術や制度だけでは解決できないと思っています。なんせ家族ごとに抱える事情が違うし、「会社を継続したい(継いでほしい)」と「子どもに苦労させたくない(継がせたくない)」など、経営者である前に親としての愛が複雑に絡み合っているんですから。でも一方で「祖父がつくった会社を俺の代でつぶすわけにはいかない」や「いい状態で引き継ぎたい」など、継ぐ側も継がせる側も家族のために覚悟を決めることこそが窮地を乗り越える原動力になっているのは間違いありません。そうそう、最後に前述のAさんの近況を。あの時の決意表明を見事に実現。数々の障壁を乗り越え会社も再建され、最近では息子さんも会社に入られたそうです。ゆる?く連載Vol.4ピングモールへ、また11年春にはJR大阪三越伊勢丹への出店も果たした。だがおごることはない。代々受け継がれている哲学は「商売を広げすぎないこと。誠実な商売をすること」。足もとの地域にもしっかりと目を向けている。本店の敷地では井上氏が鬼役になって追いかけられる節分の豆まきや、ちびっこ相撲など、地域の子どもたちが楽しめるイベントを行っている。隣接する「なみよし学び庵」では和菓子体験教室や書道教室も開いている。「ここに来てくださる人たちがいつか“あの浪芳さん”と懐かしがってくれるように」との思いからだ。今、井上氏にとっての最大の使命は「七代目にバトンを渡すこと」ときっぱり。「三姉妹の娘のうち小6の次女が“七代目は私がやる”と言ってくれてるんです。私と違ってしっかりしてましてね…」。優しい笑顔が一層ゆるんだ。回帰「七代目へ引き継ぐこと」が最大の使命申込締切3月15日(金)17:00開催期間2013年5月?2014年3月※講座は原則として木曜日の夜間。その他、合宿(3回)などがあります卒業生とともに「経営者とは何か?」を考える講義と、経営や「なにわあきんど塾」について率直な話ができる交流会を開催。興味をお持ちの方・受講を検討されている方はぜひご参加を!なにわあきんど塾公開講座&交流会開催日時2月21日(木)18:30?21:00受講料1,000円開催場所大阪産業創造館4Fイベントホール浪芳庵の井上社長も卒業生第28期【塾生募集】次代の大阪を担う若手経営者・後継者のためのビジネススクール14519