商品開発/新事業

《講演録》どこにもない価値は逆境から生まれた!高級食パンの火付役“乃が美”創業ストーリー

2021.02.03

 
☞ 耳まで柔らかいパンをつくりたい

それまでは祖父が店を営んでいたことから「米」に関係するビジネスばかりを考えていましたが、パンに注目するようになったのは、定期的に慰問した老人ホームでの出来事がきっかけでした。

あるとき、老人ホームを慰問した際、施設の方に「利用者の皆さんが一番楽しみにしていることはなんですか?」と尋ねたところ、「食べることと、笑うこと。でも、朝食のパンの耳は固いので残している方も多い」と話しておられました。

当時は耳が硬いパンしかなく、先の老人ホームでのお年寄りのお声、色々なことが頭の中でつながって「耳まで柔らかいパンは、まだ世の中にないじゃなかいか」と思い至ったのです。

そもそもパンは焼いて作るので、耳が固くなるのは当たり前です。中まで熱が伝わるように温度を上げると耳は当然固くなるし、耳を柔らかくしようと温度を下げると中まで熱が伝わらない。ならば、耳の部分が柔らかく焼ける温度で中も焼き上がるようにするにはどうすればいいのか。

ただ、これは簡単なことではありませんでした。だからこそ、これまで世の中に耳の柔らかいパンは存在しなかったのです。私自身、パンづくりにおいてはまったくの素人でした。粉の種類から材料の配合、ミキシングのタイミング、焼く温度と時間を何度も試行錯誤を繰り返して、2年かかってついにやわらかさときめ細かさ、甘み、香りのすべてにおいて納得のいくパンが完成しました。

乃が美の「生」食パンは「生で食べる」という意味ではありません。実は、「生のように口どけのいいパン」という意味です。そして高級「生」食パンという商標も取り、販売することにしました。

 

 
☞ 「そんな高いパンを誰が買うねん」

2013年に乃が美を創業し、現在の店舗数は全国200店舗以上になりました。当初は「パンを一本800円で売る」と言ったら、「800円のパンを誰が買うんだ」とも言われました。それでも、この「生」食パンをどう仕掛けたら世の中に浸透させられるのか考えを巡らせる中で思い出したのが、かつて香川で見たうどんの製麺所でした。

乃が美の店をあえて駅前ではなくひっそりとした路地裏に出し、人を並ばせることができたら、いままでにない耳までやわらかい食パンはやがて、日本中の人に食べてもらえるのではないか。そう考えて、最初の店舗は大阪の繁華街である梅田や難波ではなく、上本町の路地裏に構えたのです。

当初はCMもチラシも打ちませんでしたが、少しずつ口コミで広がっていき、雑誌にも取り上げてもらえるようになりました。ある年配の方は「生きている間に、こんなおいしいパンを食べられると思っていなかった」と手紙に書いてくれました。開店からしばらくは苦労の連続でしたがあれよあれよという間に店先に人が並ぶようになったのです。

それまで、私は飲食の店舗を坪効率でばかり考えていました。乃が美の最初のお店の総本店の面積は約15坪です。販売スペースは約3坪。仮にラーメン店でこの面積で開店しても、月1,000万円の売上は難しいでしょう。だから、「お持ち帰り」に目をつけました。

皆さんの中で、近所のパン屋さんの食パンをお土産にされたことがある方はおられますか?乃が美の食パンが出てくるまでは、「食パンをお土産に」という発想はなかったと思います。私は一本1,000円のロールケーキやスイーツが世の中に広がっていくのを見て、「毎日食べる食パンがお土産になってもいいのではないか?」と感じていました。

自分たちで食べる分だけではなくてお土産として「ついでに」買っていただければ、乃が美の「生」食パンはどんどん皆さんに広がっていくのではないか。仕掛けは紙袋にもありました。この紙袋こそが、お土産に持参できる紙袋「乃が美」を広めてくれると考えました。

乃が美最初のお店の総本店は、今でも毎日お客さまが並んでくださっています。お土産として提案することで、皆様にご愛好頂き、売上も伸ばす結果にもなりました。この+αの感覚を商売に生かすことが非常に大切だと私は思います。

 

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株式会社乃が美ホールディングス

代表取締役社長

阪上 雄司氏

https://nogaminopan.com