《講演録》職人育成の常識を塗り替えた！原田左官工業所の“人を育てる姿勢”
>>> 頑張れる、定着する仕組みづくり
当社の職人育成システムは大きく3つあります。ひとつ目は「モデリング訓練」。左官の名人の動きを撮影したビデオを見て、手順や回数をそのままコピーして覚えるという訓練です。ゴルフのレッスンビデオをイメージしてもらうとわかりやすいと思います。
まっさらな状態の新人がコツをつかむには、上手い人のマネをするのが一番です。昔は「仕事は見て習え」といわれました。今でもそれは同じだと思いますが、まず何からやればいいのかという入り口を示してあげるのが今の若い人には必要です。
モデリングで塗り方の基本を形式知化できたことで、新人職人のレベルの平均化に成功しました。いまは応用技術のビデオも出始めています。しかし、すべての技術を形式知化することはできません。技術は試行錯誤しながら実践して身につけていくものです。そのために必要なのはモチベーションの維持。他社の見学や応援に行かせることで、刺激を与えています。
つぎに「年明け披露会」。年明けというのは年季明けのことで、見習工を卒業し、一人前の職人としてスタートするという意味があります。
普段褒められる機会が少ない職人の世界。見習い期間と定めた4年間の努力を称えると同時に、これからも職人としてがんばってもらえるようにとの思いで盛大にお祝いしています。
3つ目は「ブラザーシスター制度」です。これは先輩が後輩と食事に行くなどして話を聞く機会を設けるというものです。新人が仕事を辞める理由のほとんどは人間関係の悩みです。身近に相談しやすい環境を整えるために取り入れています。
>>> 採用で大切なのは中身を知ってもらうこと
働く環境を整えてきたとはいえ、やはり採用には苦労しています。冒頭でお話したとおり、左官業はまだまだ3Kのイメージが根強いところがあります。
実際の現場はどうかというと、大きな現場ほど安全基準が厳しいので危険ではありませんし、女性職人も多いので男女別のトイレが完備されているなど清潔な環境の現場が多いです。
キツイかといわれると確かにキツイとは思います。しかし、そもそも世の中に楽な仕事なんてあるでしょうか？どんな仕事にもキツイ面はありますから、建設、左官業ならではの良いところを知ってもらう努力をしています。
私たちの仕事は「ものづくり」です。建物という巨大なものを皆で作り上げる達成感は大きい。そして、銀座のデパートが終われば横浜へ、というように現場は次々に移るので新鮮な気持ちで仕事に臨めます。
基本的にサービス残業がないことも大きなメリットです。だいたい17時頃に仕事が終わるので、家族団らんの時間が持てる、バンド活動と両立できるなど、プライベートを充実させられる働き方ができます。
こうした良い点はもちろん、実際の現場を知ってもらうために、自社サイトやSNSを活用して情報を発信したり、積極的に職業体験やインターンシップに来てもらうなどしています。きちんと中身を知ってから入ってもらうことで、離職率も下がります。
>>> 左官の技術が身につく「学校」を作る
建築、左官業は今後5年間で職人の高齢化による人材不足に陥ります。これは業界全体で考えていくべき大きな課題です。
当社は定期採用を意識し、人材育成にも取り組んできましたが、業界内では久々に若い人が入っても周りの職人は60〜70代ばかり。なかなか馴染めず辞めてしまうことが多い。そこで、業界内で若い人を集めて一緒に育てるための訓練校を作りたいと考えました。
それが形になり「東京左官技能者育成協会」という任意団体ができ、現在8社で共同訓練を行っています。同じような境遇の人が集まることで、同じような熱量で訓練に臨むことができます。
いまの若い人の特徴だなと思うのが、自分たちの訓練の様子などを分析して話し合い、技術を言葉にして整理するところです。これは我々世代にはなかったこと。世代ごとに必ず「良さ」があるので、それを見つけて伸ばすというのが私たちの人材育成法です。
今日は左官業という、もしかしたらあまり馴染みのない業種の話だったかもしれませんが、皆さんの役に立つ部分があれば幸いです。
（文／宝水幸代）
原田 宗亮氏（有限会社原田左官工業所 代表取締役社長）
1974年東京都生まれ。部品製造メーカーの営業を経て2000年に有限会社原田左官工業所に入社、2007年に同社代表取締役に就任。ビジネスマン時代に培ったノウハウを活かし、新人研修への「モデリング」導入や育成システムを確立。建設業界のダイバーシティを推進し、特に女性の左官業界への参加に注力している。
